2013年会報

NPO法人 立山エベレスト友好協会 会報第11号 

2013年5月26日発行

立山・エベレスト友好の集い

「日本人初8000m峰14座完全登頂-竹内洋岳講演会」
■日 時: 2012年12月2日(日)13:30~16:00
■場 所: 富山国際会議場        
■参加者: 350名 
■内 容:

第1部 講演:
「8000m峰14座完全登頂の軌跡」

講師:竹内 洋岳氏(登山家)

竹内1.png2012年5月ネパール・ダウラギリ峰(8167m)の登頂に成功し、日本人で初めて世界の8000m峰14座完全登頂を達成したプロ登山家・竹内洋岳(ひろたけ)氏を招き、17年をかけた壮絶な偉業の足跡をトークと映像で振り返り8000m峰の魅力を伝えていただいた。


―講演要旨-
8000m峰14座を完全登頂して、喜んでくれる人が予想以上に多かった。人々の頭の中に少しでも「14座」という言葉が残って、完全登頂を目指した偉大な先輩たちの努力も知ってもらえればうれしい。
印象に残った8000㍍峰はどこかとよく聞かれる。全て印象深いが、初めて登頂した8000m峰のマカルーでは最年少の遠征隊員だったので、先輩から色々な事を教えてもらった。その1人が国立登山研修所の渡辺雄二所長だった。後日、渡辺さんに声をかけてもらい研修所で講師をした。全国から集まった多くの生徒と出会い、今年5月のダウラギリ登山に同行した人もいる。山は人と人を結びつけてくれると実感している。
山はただの地球の出っ張りに過ぎないが、人が登ると魅力が生まれる。例えば、剱岳は人がそう簡単に登れないという雰囲気に魅力がある。当然ながら同じ山は一つとしてない。地域の人たちの文化や習慣も含めてその山の魅力が出来上がっていくのだと思う。
竹内2.png
大学在学の8年間、山岳部の合宿で毎夏、剱岳や立山に来ていた。合宿はお祭りのようだったが、結果的に良いトレーニングになった。自分は剱岳に育ててもらったんだなとつくづく感じている。
2007年にガッシャーブルムⅡ峰(標高8035㍍)で雪崩事故に巻き込まれ背骨を折るなど全治6か月の大けがを負った。すさまじい痛みのため、「救助せずにほっといてくれ」と叫んだ。肺を負傷して呼吸も十分できず、少しでも状況が異なっていたら死んでいたと思う。この事故から1年後、背骨を補強するためのチタンを背中に埋め込んだまま同峰に再び挑み登頂に成功した。「新しい命を皆から分けてもらって生き残ったという思いがあった。その命は山に使うべきだ」と考えた。14座完全登頂という目標の達成はうれしかったが、階段で言えばまだ踊り場。これからも登りたいと思う山に挑戦していきたい。

第2部 トークセッション:
「ヒマラヤ高峰の魅力を語る」

パネラー: 竹内洋岳(登山家)
      渡邊雄二(国立登山研修所所長)
      北村俊之(立山ガイド協会)

トーク.pngトークの様子(左より 渡邊氏、竹内氏、北村氏)竹内氏の初の海外登山、マカルー遠征隊の先輩隊員であった渡邊氏、富山県内では最も多い6つの8000m峰に登頂している北村氏に加わっていただき、3氏でヒマラヤの高峰の魅力を語っていただいた。8000mを超えるジャイアンツには、他の山に無い危険が潜んでいる。3氏に共通している、絶えず危険と向き合いながらもある時は慎重に、またある時は大胆に山と向き合う姿勢が印象的だった。また、ヒマラヤ経験の豊富な3氏だが、その根底には日本の山岳、特に豪雪で名高い剱岳で鍛えられた経験がある、という。剱岳で鍛えられ各々ヒマラヤへ羽ばたいて行ったのだ。そんな郷土の山をあらためて誇りに思う。

寄稿

「ブータン、ひとり旅 」

高平 喜代美

高平1.png 5年前に訪れたブータンにすっかり心奪われ、機会があれば是非もう一度・・と思っていた私は、皆さんとネパールのアンナプルナ街道のトレッキングを満喫した後、独りブータンのパロ空港に向かいました。カトマンズを飛び立った飛行機の窓からは、美しく光り輝くヒマラヤの山々が真横に見え、どこまでも果てしなく続いていました。やった~!まるで遊覧飛行のよう・・。
標高2000m、山あいのパロの空港に無事着陸。ガイドとドライバーの2人の青年に出迎えられて2度目のブータンの旅が始まりました。
今回の旅のメインは、年に一度11月11日にガンテゴンパ寺院で行われる「オグロ鶴まつり」を観ること。最初の宿泊地ウオンデュポダンの街へ着いて驚いたのは、前回訪れた時見たひなびた町はすでに跡形もなく、電化され整然とした小奇麗な町にすっかり生まれ変わっていたこと。いわゆる「近代化」の一端を目の当たりにして、何だかブータンぽくないなぁと、ちょっと複雑な想いにかられました。
翌日オグロ鶴が飛来するポプジカ谷へ向かい、ガンテゴンパ寺院の広い境内で、この日を楽しみに駆け付けた村人や観光客の賑わいの中で、次々と奉納される村人たちの踊りを思う存分楽しみました。
首都ティンプーに戻る途中、3150mのドチュラ峠から登ること2時間余、ようやくたどり着いた3700mの雲の上の寺院で、そこに暮らすお坊様が出して下さったミルクティーの素朴な味と、本堂でゆっくり瞑想した時間は、深く心に沁みました。

たかひら2.pngまた今回は、前回ガイドをしてくれた新婚ホヤホヤのチェンチョ君が私を自宅に招いてくれたので、新調したブータンの女性の民族衣装のキ・ラに身を包みいそいそと出かけました。ブータンでも珍しくなった総勢12人の大家族の皆さんと、楽しい時間を過ごせたことは本当に嬉しい出来事でした。
ティンプーの街にはホテルやアパートがどんどん建ち、若者が集まってくるけど仕事がなく失業率が高い、以前より犯罪が増えている、ローンを組むけど払えなくなる人が多いのでマイカーとマイホームのローンは当分禁止になった、車が増えすぎたので週に一度のノーカーデイができた、核家族化が進んで大家族の絆が薄れている・・などなど、心配なことの多くなったブータンですが、私は信じたいと思います。ブータンの人の心に刻み込まれた仏教の教え「知足少欲」が、人々の物欲をうまくコントロールしてくれること、そして国と国民が一体となってブータンが目指す「物質と精神のバランスのとれた近代化」を無事にやり遂げてくれることを・・・。
「輪廻転生」の教えは、すべての命に対する優しさと自然に対する謙虚さを生み、それが旅人に安らぎを与える・・やはり、また訪れたいと思わせる国でした。

編集後記  

 毎年、ヒマラヤから嬉しいニュースが続いています。竹内氏の8000m峰14座完全登頂、そしてつい最近飛び込んできた三浦氏の最高齢エベレスト登頂。当会ゆかりの方の大活躍に胸躍るとともに勇気をもらいました。これまでの継続から得た多くの人々とのつながりは当会の大切な財産です。今後のヒマラヤ地域との交流にも大きな力になるものと信じています。   (I)

ネパール友好訪問:
ポカラ・アンナプルナ トレッキング

日 程   2012年11月4日~11月11日

■参加者
・ポカラ・カトマンズ隊
佐伯高男、東澤光明、長谷俊男、小林米和・幸子、中木宏之  
・トレッキング隊(ゴレパニ峠、プーンヒル)
安東誠、高平喜代美、野間喜代美、長崎昭雄・実千代、飯田肇、アン・テンバ・シェルパ(ガイド)

とうざわさん.png撮影:東澤光明
ポカラ郊外からのマチャプチャレ峰(6993m)
「魚の尾」の意味。この山はシヴァ神に関連する特に神聖な山として、地元住民に崇敬されている。このため登山が禁止されていて、今でも未踏峰である。
ポカラから見る山容は実に見事で、世界中の人々の憧れの山となっている。

寄稿

「はじめてのネパール旅」

長谷 俊男

10年前、65歳の定年を迎えた時、偶然にも「芦峅の自然児・トンコ~佐伯富男追悼集」を手にしてレストランクムジュン2階ギャラリーを訪れたことがありました。以来、一度はエベレストを近くで眺める旅をしたいと心にとめていましたが、幸い、とうざわ印刷工芸の東澤会長から〞神秘の国・ネパールの旅〝の誘いを受け、参加をすることに決めました。最初は、トレッキングコースに参加しょうと思いましたが、前回のクムジュン村へのトレッキングが大変だったと伺い、70歳を過ぎ皆さんに迷惑をかけては・・・と家族の指摘もをあり、ポカラ&カトマンズ8日間のコースを選びました。
富山空港を夜8時に出発して、翌日の午後3時には最初の訪問地ポカラに到着しました。ネパール第2の都市ポカラは、6000m~8000m級の山に囲まれています。ホテルの屋上からみた赤く染まったヒマラヤは素晴らしい眺めでした。
翌日は車で山道を1時間余り、ヒマラヤを一望できる標高1700mのダンプスに。まずは路上で5人の子供たちに歌で歓迎をうけましたが、今の日本の子供たちに見られなくなった実に無邪気で素朴な子らの姿でした。また、山村集落の暮らしや生活・文化に接することができ、終戦直後の自分を重ねしばし昔を懐かしみました。また、高台にあるレストランでマチャプチャレやアンナプルナ連峰を正面に見ながら皆さんと楽しく食事をしたひとときは、自分の生涯に大切な想い出を残してくれました。
サランコットの丘や、カトマンズ・ナガルコットでの朝焼けは、雲海を茜色に染めながら朝日が昇りはじめ次々と姿を現す神々の座・ヒマラヤの姿が浮かび上がる幻想的で神秘の世界でした。
また、市街では、旧王宮や寺院が並ぶダルバール広場、ストゥーバ(仏塔)のあるボダーナードなどを訪れ、王朝がヒンドゥ教と仏教を包括しておおらかで寛容に統治していた様子を垣間見ました。自分が夢に描いた神聖な国ネパールを心に収めたひとときでした。はせさん.png
毎日天候に恵まれましたが、圧巻は早朝のエベレスト眺望マウンテンフライトでした。雲ひとつない空から8000m級のヒマラヤ山脈が聳え立つ碧く果てしない神秘の世界でした。私がこの旅で一番楽しみにしていました、世界最高峰エベレストも見ることができました。わずか数分でしたがやはりエベレストは他の山とは違う感じで圧倒されました。
ネパールの旅は大満足でした。事前の話では、現地の食事や水に対して注意するように言われましたが、すべての食事をおいしく戴くことができました。現地ガイドの方も親切に対応していただき深く感謝しています。

寄稿

「アンナプルナ巡礼の旅」

野間喜代美

ポカラに降り立った時、カトマンズの喧噪とはうって変わってゆったりとした空気が漂っていた。周りに浮かぶ山々は神々しく、宿の屋上から見たマチャプチャレの姿に思わず手を合わせた。
いよいよトレッキングのスタート。素晴らしい晴天で、紺碧の空が、山々をさらに神々しく浮き立たせていた。斜面に広がる段々畑、なんという急斜面を耕したことか。人力と牛力と少しの道具を使い、耕したのであろう。歩く道すがらお馬が通る、人が通る。車がないから物を運ぶのは馬か人である。その労力に感動し、ただただ手を合わせた。
今回のトレッキングで一番の急登が1時間ほど続いたが、私たちの足取りはくずれない。「ビスタ-リ」のスロモーション歩きで1分間に75歩というペースを刻んでくださったガイドのアン・テンバさん。おかげでたくさんの人に追い越されたが、終いには、追い越された人を追い越すこととなり、「ビスターリ」の威力を実感した。
ゴレパニから見た夕焼けの峰は、今でもまぶたに浮かぶ。山が燃えた。ただならぬ雲の動きに頂の風の強さが感じられた。中でも中西さんが登ったアンナプルナサウスや友邦さんが登ったグルジャヒマールは誇らしげに見えた。暗闇に消える山々を見ていたら、今度は神々しい星が輝きだした。またしても手を合わせた。
いよいよプーンヒルまでの登り。早朝真っ暗闇の中を歩いた。国際色豊かな人々の行列だった。頭上には満天の星。飯田さんが、日本からほとんど見られないカノープスを教えてくれた。
夜明け前のプーンヒルは雲海に囲まれて幻想的であった。夜明け前線が動いて、少しずつ朝を迎える峰。いよいよプーンヒルの夜明けとなり、ご来光に手を合わせた。
どこへ行ってもきらきら輝く瞳と人なつっこい笑顔を見せてくれたネパールの人々。至る所で発展しているが、今の人間味は残していって欲しいと願わずにはいられない。
私たちの歩いた道は、地図の上ではほんの数センチでしかなかったけど、その中に詰まった感動と達成感、そして出会った人々との一体感は至福の喜びであった。再び訪れたいと願いながら、カトマンズを後にした。この旅行を支えてくださった皆さんに心から感謝します。

のまさん.png夕焼けに輝く8000m峰アンナプルナ

山歩きの会「紅葉の鍬崎山・大品山」

2012年10月21日   参加者9名

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今回の山歩きの会は 立山山麓の鍬崎山(2090m)と大品山(1425m)の2コースで行った。それぞれの体力と健脚に合わせコースを選んで参加した。
6時30分にゴンドラ乗り場に集合してゴンドラ山頂駅から出発した。やや雲が多く肌寒い朝だったが、山頂近くは紅葉もはじまり、赤、黄色が鮮やかだった。

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一行は2時間半位で大品山に到着した。ここから鍬崎山を目指すパーティは4名で、佐伯信春理事長も元気に出発した。昼頃無事鍬崎山山頂に到着し、絶景を楽しみつつ昼食を食べ早々に下山開始。午後4時頃ゴンドラ駅に到着した。