2007年会報

NPO法人 立山エベレスト友好協会 会報第2号 

2007年5月26日発行

第9回 ネパールクムジュンスクール
立山友好訪問の報告
 

恒例のクムジュンスクールとの交流事業として、クムジュンスクールの先生と生徒4名が、立山を訪れました。今回で9回目の国際交流事業となります。連日のハードスケジュールでしたが、4名の訪問団メンバーは疲れもみせずに立山とエベレスト地域との交流を深めて帰国しました。クムジュンスクール訪問団の活動の様子を紹介します。

1.訪問日  平成19年11月4日(土)〜11月12日(日)

2.メンバー
訪問団 のコピー.jpg
先生:ペンバ・ヤンジーさん
生徒:ダワ・ヤンジーさん(高校3年生)左
   アン・ニマさん  (高校1年生)中
   ソナムさん    (高校1年生)右

3.訪問団日程

11/4(土) 来日 関西空港→芦峅寺
  5(日) 芦峅小との交流会
  6(月) 立山町表敬訪問
  7(火) 立山カルデラ砂防博物館 
     富山市(国際ソロプチミスト同行)
  8(水) 立山博物館 芦峅小とのスポーツ交流
  9(木) 海体験(魚津水族館、クルージング)
  10(金)山体験(立山室堂山荘)
  11(土) NPO法人設立記念式典参加(立山国際ホテル)
  12(日)買物(富山市) 帰国(芦峅寺→関西空港)

交流の様子

訪問01 のコピー.jpg訪問02 のコピー.jpg芦峅小での交流会の様子訪問03 のコピー.jpg立山カルデラ砂防博物を訪ねて訪問04 のコピー.jpg立山室堂平では新雪を体験

新聞記事 のコピー.jpg平成18年11月6日(月) 北日本新聞掲載

インフォメーション

最近のネパールの様子
 君主制打倒を掲げる武装勢力と政府との間で紛争が続いてきたネパールで、和平への道が本格的に動き出しました。
 ネパールでは、1990年に当時の国王が複数政党制の復活を約束、主権在民を定めた新憲法を公布しましたが、その後の政治的混乱でマオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)が政府と内戦を繰り広げてきました。
 2005年、ギャネンドラ国王の直接統治に毛派と主要政党が協力して抵抗、2006年4月の民政復帰後は毛派が政府との和平協議に応じ、両者は11月に包括和平協定に調印しました。これにより、13,000人以上が死亡した武装闘争に終止符が打たれました。
 2007年1月には国王のすべての政治的権限を剥奪して首相に与える暫定憲法が発布され暫定議会も成立しました。今後は、6月に実施される制憲議会選挙で選ばれた議会が、立憲君主制と共和制のどちらを選ぶかが焦点となります。

 ネパールが平和を取り戻し、復興を果たすには国際支援が欠かせません。国連が停戦監視に当たる「国連ネパール支援団」の派遣を決め、日本からも国連監視団に自衛隊が派遣されることになりました。


「立山から南極へ 芦峅寺五人衆第1次南極観測隊に参加」
展示をクムジュンで開催
クムジュン写真展 のコピー.jpgレストラン・クムジュンでの写真展 今年は日本の南極観測が開始されてから50年目の記念すべき年にあたります。第1次南極観測隊には、立山の山麓芦峅寺から5名(佐伯富男、佐伯宗弘、佐伯安次、佐伯昭治、佐伯栄治)の立山ガイドが参加して活躍しました。そこで、南極観測50周年を契機に、第1次隊での芦峅寺五人衆の活躍、50年前の南極の様子を当時の貴重な写真、映像、資料から紹介する特別展が、3月21日〜4月22日まで立山カルデラ砂防博物館で開催されました。
 当会でもそれに引き続き、4月25日からレストラン「クムジュン」において、「立山から南極へ-芦峅寺五人衆第1次南極観測隊に参加-」展示 を開催しています。越冬隊員の富男氏は当会発足の中心的人物でした。また、宗弘氏、栄治氏は当会会員としてヒマラヤを訪れたこともあり、現在もお元気に活躍されています。立山剱で鍛えられた先人たちが、遠く南極で大活躍した様子が当時の写真、映像から伝わってきます。ぜひ展示をご覧下さい。

NPO法人立山エベレスト友好協会
設立記念式典の開催

日時: 平成18年11月11日(土) 14:00〜18:00
場所: 立山国際ホテル

第1部 設立記念講演会  14:10〜15:30

「三浦豪太講演会 父・雄一郎とめざした冒険 −長野オリンピックからエベレスト山頂へ−」

講 師: 三浦 豪太 氏三浦ごうた のコピー.jpg

(プロフィール)
1969 神奈川県鎌倉生まれ。三浦雄一郎氏 次男
1981 キリマンジャロ(5895m)を最年少(11歳)登頂
1994 リレハンメル冬季オリンピック出場
    フリースタイル27位
1998 長野冬季オリンピック出場
    フリースタイル13位
2001 ヒマラヤ、アイランドピーク(6152m)登頂      
2002 ヒマラヤ、チョォユー(8201m)登頂
2003 世界最高峰エベレスト(8848m)登頂
    父、雄一郎氏と初の日本人親子同時登頂記録達成
2006 ヒマラヤ、シシャパンマ(8012m)登頂


 講師である三浦豪太氏は、三浦雄一郎氏の次男で、オリンピックのスキー選手として活躍されました。さらに2003年に雄一郎氏とともに世界最高峰エベレストに登頂、日本人としてはじめて親子同時登頂記録を達成しました。この時雄一郎氏は、世界最高齢エベレスト登頂記録を樹立しました。

 講演では、これまで極限のスキーや登山を行ってきた経験から、夢を達成するときの心構えについてお話していただきました。
「はじめに夢ありき」、「その人の夢が最終的な終着点を決める」、「備えることの重要性」、「準備はトップダウン方式で考える」、「環境を作る」「自分を信じてまわりを説得する」
等のキーワードでこれまで夢を実現してきたことが説得力たっぷりに語られ、聞き手も夢に挑戦する勇気が湧いてくるような気分になりました。三浦ごうた02 のコピー.jpg一緒にエベレストに登頂したヌルブ・シェルパ氏(左)また、エベレストに登頂した際に同行したヌルブ・シェルパさんが紹介され、エベレスト登頂にとってシェルパの貢献がいかに大きいかがわかりました。偉業を達成するときに、最初に大きな夢を描くことがいかに大切かが実感できた講演会でした。

第2部 懇親会 16:00〜18:00

懇親会03 のコピー.jpg 引き続き行われた懇親会では、三浦豪太氏とクムジュンスクールの訪問団を来賓として、ネパールやクムジュンの話題に花が咲きました。懇親会02 のコピー.jpg 
 来日中のシェルパの皆さんも参加し、シェルパダンスや民謡などが披露されました。
 また、佐伯会長にネパールからのプレゼントが贈呈されました。昨年の芦峅小訪問団のビデオ上映もあり、終始和やかな雰囲気で会が進行しました。


追悼 故志鷹奥義氏を偲んで       

志鷹 新樹

志鷹奥義 のコピー.jpg総会で挨拶する志鷹奥義元会長  志鷹奥義氏は、長く小学校で教鞭を執っておられ、ネパールとの交流においては、当協会会長として立山芦峅小学校と姉妹校であるクムジュンスクールとの友好交流に対しご尽力されました。
 また、芦峅寺総代として村行事などを熱心に行っていました。その際、好きなお酒を飲む機会も多かったようです。それが原因かどうか分かりませんが、体調を崩され入院治療を行っていました。しかし、その甲斐もなく、平成19年5月21日、入院先の病院で亡くなられました。79才でした。
 今頃はきっと、天国の佐伯富男さんたちと一緒に大好きなお酒を囲みながら、立山の話やネパールの思い出話に花が咲いていることでしょう。長い間お疲れ様でした。そしてありがとうございました。


編集後記  
 会がNPO法人になってから早いものでもう1年の月日が流れました。この間、ネパール情勢にも大きな変化があり、民主化が大きく進展した結果、ここ数年見られなかった平和な空気が漂い海外からの観光客がかなり戻ってきたそうです。平和を取り戻しつつあるヒマラヤとの交流を、今後も、ますます活発に進められたらと願っています。(HI)