ネパール訪問記2005

ネパール訪問記2005

立山芦峅小の児童や協会メンバーが見たネパール

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更新日 2015-10-19 | 作成日 2008-06-03

子供たちは何を見たか…

立山芦峅小学校
校長 野間 喜代美

 初めて訪れるネパールは快晴、煉瓦づくりの空港の中は、スパイシーな香りにつつまれていて、聞こえてくる声も異国の言葉で全く頭には残らず右から左へと流れていく。何度も手荷物チェックを受け、パスポート検査を受け、緊張した面持ちの子供たちにとって、異国へ入るとは、こんなに大変なことなのかという思いを体験したことと思う。DSCN0301.jpg
 
 見るもの、聞くもの、臭うもの、味わうもの、手に触れるものすべてが日常とはうってかわって刺激的である。オート三輪を見て『タイヤが3つしかなければ、パンクが少なくていいね。jと無邪気に話す子供。『のら牛だ。』と歓声を上げ、その数を数える子供。一方、日本では全く気にすることもなく口にしていた水や食べ物については、いちいち確かめなければならないもどかしさも体験した。そして、日常とは違った人々との出会いは、確実に子供の心を動かしたことであろう。

 今回の訪問の主目的であるクムジュンスクール訪問と交流活動は、どれだけ子供たちを興奮させたことか。DSCN2159.jpg標高3800メートルは、ちょうど本校の10倍の高さにあたり、日本では体験できない環境である。それは、想像を超えるものであった。青い空と白い山のコントラスト。排気ガスを出すものはなく、自然に循環する生活をしているからこそ見られる空の青であろう。そこにある学校は、空に一番近い学校である。交流を前に緊張感は高まるが、大事な空気が半分ほどしかなく、深呼吸をしても気持ちを落ち着かせてくれるにはいたらないのである。しかし、出会ったクムジュンスクールの子供たちやホール内に集まった人々の様子から、歓迎されていることが伝わってくる。確かに物はないけれど、身体をかけて自然と共に生きる姿に、子供たちは何を感じたのであろうか。

 また、世界遺産カトマンズ盆地の見学では、立山の神様のお導きとしか思われないような出会いがまっていた。富山県からの研修生との出会いである。しかも曼陀羅の研修と聞いて、点であったネパールと芦蛉寺がつながった思いがした。

 「まだ居たかったな。」という名残惜しさを残して、ネパール訪問旅行を無事終えることができました。子供たちは、身体いっぱいにつめこんできたネパール体験を、多くの人に伝えようと、報告書を作成しました。子供たちの思いを少しでも酌んでいただけたらと思います。また、行動を共にした大人たちの目から見たネパールを感じ取っていただきたいと思います。

 終わりになリましたが、このようなすばらしい体験の機会を与えてくださった立出町、芦峅寺地区、立山エベレスト友好協会に、深く感謝いたします。そして、これからも、子供たちに「共に生きる」ことを教えてくれる交流活動が続いていきますよう願ってやみません。

立山芦峅小児童の記録

クムジュンスクール訪問団

5年 佐伯有里奈

 私がネパールで1番心に残ったのは、8日のクムジュンスクール訪問です。
 8日朝、6時30分ごろホテルを出発してバスで空港へ行きました。空港で厳しい検査の後、ヘリコプターでクムジュンスクールに向かいました。しばらくしてヘリコプターの窓からエベレストや、8000mをこえる高い山々が見えました。クンブの盟主たち のコピー.jpgとてもきれいに見えて感動しました。初めてエベレストを見たのでなんだか少しドキドキしました。今まで写真でしか見たことがなかったエベレストが青空の中に白く輝いていました。みんなは、「すごーい!」と言っていました。他にも段々畑が見えました。それから30分ぐらいたってクムジュン村の近くに着きました。ヘリコプターから降りたらとても寒かったです。気温はなんとマイナス5℃でした。

 そこでもエベレストは見えなかったけれど他の高い山が見えました。写真もちゃんととりました。そこからしばらく歩いてクムジュンスクールに着きました。

 クムジュンスクールにはたくさんの生徒(300人くらい)がいてびっくりしました。その後、体育館みたいなところでクムジュンスクールの生徒達のおどりを見ました。プレゼントももらいました。その後私達の発表では、リコーダーの演奏や歌を歌ったり竹取物語の朗読をしたりしました。訪問01 のコピー.jpgリコーダーの演奏では「レッサンピリリ」と「もみじ」を演奏しました。空気がうすくてふきにくかったです。歌うときはなんとかちゃんと歌うことができました。

 『竹取物語』は、学校で芦峅に住んでいる佐伯ヤンジさんにネパール語を教えてもらってみんなで練習してきました。本番では、クムジュンスクールの生徒達が笑っていたので通じているみたいでホッとしました。その後に立山芦峅小学校と立山エベレスト協会から文房具や、スポーツ用品、日本のおもちゃをプレゼントしました。みんな喜んでいたのでうれしかったです。プレゼントわたしが終わった後またおどりを見ました。その中には去年クムジュンスクールから訪問しに来ていたぺサン・ヤンジ・シェルパニさんがいました。会えてうれしかったです。

 最後にクムジュンスクールの生徒達といっしょにヒマラヤ杉を植えました。私は、同じぐらいの年の女の子にさそわれてヒマラヤ杉を植えました。言葉は通じなかったけどさそってくれてうれしかったです。その後いっしょにヒマラヤ杉を植えた子供達といっしょにヒラリーさんの像の前で写真をとりました。そのとき「クムジュンスクールに来ることができてよかったなぁ。」と思いました。
 帰るときに日本語で「さようなら」と言ってくれました。そのときは、とってもうれしかったです。私も日本語で「さようなら」を言いました。

 クムジュンスクールからヘリコプターのところまで歩いて行くのが大変でした。高山病で頭が痛くなってつらかったです。ヘリコプターに乗って少しねていたらまたエベレストを見ることができました。そのとき、「頭が痛くなったけどまたエベレストを見に来たいなぁ。」と思いました。

 頭が痛くなったりして大変だったけど、すごくいい経験になりました。「クムジュンスクール訪問に参加してよかったなぁ。」と思いました。再来年のクムジュンスクール訪問には参加できないけど大人になってもう1度行きたいです。 

楽しいネパール訪問

5年 志鷹 哲哉

 1日目、雄山神社でおはらいをしてお守りをもらった後、見送りに来てくれた人達に、「元気に行ってきます。」と言ってバスに乗って関西空港にむかいました。ぼくは、途中で気持ちが悪くなってしまいました。午後11時ごろ関西空港につきました。
 
 2日目、午前1時15分にタイ国際航空便でバンコクに行きました。5時50分にバンコクに着きました。午前10時30分バンコクからカトマンズにタイ国際航空便で行きました。午後12時45分に着きました。
 3日目、ヘリコプターでクムジュンスクールへ行きました。おりた場所からクムジュンスクールまで歩くのがとても大変でした。クムジュンスクールまでは、坂道でした。訪問02 のコピー.jpg
 クムジュンスクールにつくとおかしをもらいました。
 クムジュンスクールでリコーダーで「もみじ」と「レッサンピリリ」を吹きました。その後、立山芦峅小学校の「校歌」と「世界中の子ども達が」を歌いました。他にも竹取物語をネパール語で読みました。笑ってくれたので、うれしかったです。

 4日目、パタン・バクタプル旧王宮と寺院を見学しました。ぼくは、とても古い歴史があったんだなあと思いました。 ネパールで曼荼羅をかいておられる人達のところへ行きました。そこでは石を砕いたものと水牛のにかわを混ぜて絵の具を作っていました。そこにおられたロク・チトラカールさんは、3年に1枚ぐらい曼荼羅をかかれるそうです。訪問03 のコピー.jpgぼくは、そこにかざられていた絵を見てとてもびっくりしました。そのかざられた絵の中には、大きい絵や小さい絵、とても細かい絵などがありました。かいている途中の絵もありました。ネパールの曼荼羅と日本の曼荼羅は、かき方がちがうこともわかりました。 
 
 5日目、カトマンズ市内の小学校を訪問して交流会をしました。そこでは、ネパールの小学生とサッカーをしました。ネパールの小学生は、とても上手でした。めったに出来ない経験が出来て良かったです。午後からは、ショッピングをしました。紅茶や化石やとても小さいマットのようなものを買いました。

 6日目、海外国際協力隊・JICAを表敬訪問しました。ネパールで働く日本の人達を見てきました。
 ここでは、ネパールの土砂災害について調べておられました。写真を見せてもらうと、土砂くずれのあった前と後をくらべてみると、家のあった場所がわからなくなっていました。ぼくは、ネパールの土砂くずれは、すごいんだなあと思いました。午後1時50分タイ航空便でバンコクに行きました。着陸しようとして高度を下げたとき雲の中に入って行ったのでおもしろかったです。午後6時10分にバンコクにつきました。

 7日目、水上マーケットを見学しました。ボートに乗っているとナマズがいたのでパンをあげるととてもたくさん食べていました。とても気持ち悪かったです。次に、エメラルド寺院を見学しました。とてもキラキラ輝いている物ばかりだったのでびっくりしました。23時59分タイ航空便で関西空港へ向かいました。夜中だったのでとてもねむたかったです。

 8日目、午前7時30分に関西空港につきました。こんどは、気持ち悪くならなかったのでよかったです。午後3時ぐらいに芦峅寺につきました。
 マットのようなものは、持ってくるときに重くて大変だったけど、家の人にわたしたときに喜んでもらえたのでうれしかったです。

ネパールでの旅

6年 志鷹 康平

 ぼくは、11月6日から11月13日までネパールへ行ってきました。
ネパールで最初に発見したことは、そこらじゅうに野良犬がいたことです。それにバイクだらけだし、信号機はないし横断歩道なんかありませんでした。車線もないので道のど真ん中を人が歩いたり,犬がいたりして、もうこの時点で日本とネパールの違いが実感できました。

 ホテル(ヤク&イエティ)に行って部屋につくと、「やっとついたー」って感じで窓から外を見ると木に数百匹のカラスが止まっていました。日本ではカラスをきらっているけどネパールでは、結構大切にされているそうです。そしてネパールでの1日目は終わりました。 

 3日目はクムジュンスクールへ行きました。ヘリ のコピー.jpg空港でヘリコプターに乗ってクムジュン村へ行きました。標高が3800mもあるので結構寒かったです。交流会では、踊りを見せてもらいました。ぼくたちは、リコーダーで「レッサンピリリ」と「もみじ」を吹いて、「立山芦峅小学校の校歌」と「世界じゅうの子供たちが」を歌いました。「竹取物語」の本も読みました。見ている人が笑っていたので、ちゃんと通じているのかなぁと思いました。その後プレゼントを交換してから植樹をしました。そして、クムジュン村を後にしてヘリで空港へ向かいました。「大人になったら、またクムジュン村に来ようかなぁ」と思いました。それからホテルに戻って休みました。

 4日目は、お寺めぐりをして、ご飯を食べて、曼茶羅のことを勉強している、米田さんのところに行きました。曼荼羅のお話を聞いた後、米田さんに世界遺産を案内してもらいました。だけど、世界遺産なのに犬のふんや、ゴミが、たくさん落ちていました。「やっぱり日本とネパールの文化は違うんだなぁ」と思いました。米田さんは、いろいろな話をしてくださったのでうれしかったです。

 5日目、カトマンズ市内の小学校を訪問しました。その途中に学校の人と、サッカーをしました。訪問を終えた後ご飯を食べてショッピングに出かけました。お母さんは、ミサンガを、40本も買いました。他にも、紅茶などお土産を、ドッサリ買いました。そして、この日の夜ぼくは,頭が痛くなってしまいました。みんなは、外食に出かけたけどぼくとお母さんは、ホテルにのこって持ってきたおかゆなどを食べました。
 
 6日目は、朝から日本の人が働いている砂防事務所に行きました。スライドを見て説明を聞きました。その後、空港に行って、飛行機でタイに向かいました。晩ご飯はタイ風しゃぶしゃぶでした。とてもおいしかったです。そのあと、バイヨークスカイホテルに向かいました。そのホテルはなんと84階まであります。ぼくが泊まったのは60階でした。それからお風呂に入って寝ました。

 7日目は、水上マーケットで買い物をしたり王宮や寺院を見て回ったりしました。金ぱくのぬってある寺院や、宝石でできている寺院も見ました。とにかくきれいでした。そして、空港に行って飛行機に乗って日本に帰国しました。日本についたら、大阪からバスで芦峅寺公民館に帰りました。たくさんの人がむかえてくれました。

 ぼくは、この7日間ちょっとつらいときもあったけどすごく楽しかったです。これからも、いろいろな国の文化を見てみたいです。

〜エベレストからのメッセージ〜


クムジュンスクールの校長の“マヘンドラ・ハバドール・カセット”です。
私たちの学校はエベレストに初登頂したヒラリー卿が設立した、世界でも最高地にある学校として有名です。
私たちの住むエベレスト山麓と立山には、生活文化や登山に関して多くの共通点がみられます。
これからますますエベレストと立山を結ぶ交流が発展することを願っています。

IMG_0058.jpgネパール・クムジュン村